タクシードライバーはチップをもらえる?もらったらどうすればいい?

公開日:2024/09/20 00:52


「お釣りはいらないので、コーヒーでも飲んでください」


これは映画やドラマの台詞ではありません。実際に私がお客さまにいわれた言葉です。だいぶ昔のことですが、錦糸町のルミナスの前から600円くらいの運賃でした、ということは、差額の400円がドライバーへのチップということになります。タクシードライバーはチップを受け取ることがあります。ご存じの通り、日本にはチップの習慣はありませんので、そういうお客さまは珍しいのですが、続けていると、ときおりチップをいただけることがあります。


「運転手さん、あそこの家にタクシーぶつけてくれる?」


夜の繁華街で、お客さまからこんなことを言われたことがあります。もちろん、タクシーを建物にぶつけるなどということは言語道断です。しかし、酔ったお客さまに冷たい反応をすると、突然怒りだしてしまうということもよくあります。なので、私はこう答えました。


「はい、かしこまりました。強い衝撃がありますのでシートベルトをしっかり締めてください」


すると、お客さまは大笑いしてしまい、しばらく笑いが止まりませんでした。そして降りるときに「運転手さん、おもしろいですね。お釣りはとっておいてください」と言っていただきました。こういうブラックなジョークを表で言うと怒られてしまいそうですが、あくまでもお客さまの言ったことには、とりあえずYESで答えるという鉄則に従ったまでです。実際にやるかどうかは別として、NOで返すと気を悪くされる方もいるからです。もちろん、本当に理不尽なことを言われたときはNOを言うべきですが、冗談で言われている場合にはこちらも冗談で返すべきでしょう。こういったやりとりが得意なので、私は夜の繁華街は好きでした。


というわけで、今回はタクシードライバーをしていると時折めぐりあえるチップについてお話したいと思います。



 チップの習慣はバブルのころに盛り上がった

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日本にはチップの習慣がありませんが、海外にはチップを払うのが当たり前の国があります。特にサービス業の場合にはその傾向が顕著で、例えばアメリカではチップを支払われることが前提の給与体系になっているのだそうです。正確な数字はわからないのですが、日本でいうと、チップをもらえないと時給400円くらいにしかならないので、何とか頑張ってチップを得ようとするということです。チップは1ドル紙幣を払うことが多いそうなので、4回もらうと400〜500円くらいになりますから、時給800〜900円です。もっと多くのチップを得られる人は、時給があがっていくことになります。こういったシステムは日本には馴染みがありません。チップがなくても一生懸命働くのが前提だからです。


ただ、チップがないとやる気が出ないという文化圏もありますし、治安の悪い地域では、ホテルの清掃員のために枕の下にチップを入れておかないと、部屋から私物がなくなるなんて話も聞いたことがあります。著者の知る限りですが、日本でチップを渡す習慣は、夜の繁華街を除くとタクシーくらいしか聞いたことがありません。どうしてタクシー業界にだけ、チップの文化が根付いたのかというと、その原因はバブル期にあると言われています。現在のタクシー業界は、ドライバー不足が叫ばれています。実はこの状況は、昔から今まであまり変わっていません。不況の時は、タクシードライバーの稼ぎは減るものの、志願者は増えると言われています。不況の影響で失職した人が流れてくるからです。


一方で、好景気のときには、他の仕事をしているほうが稼げると思う方が多いためでしょう。ドライバーの志願者は減少します。タクシーは、電車やバスに比べて高価な移動手段なので、景気の影響を強く受けます。さて、日本史上最大の好景気となったバブル景気の頃の話です。私が大人になったときにはバブル景気は終わっていたので、あまり実感が湧かないのですが、今の中国の「爆買い」のようなことが世界中で起こっていて、日本人はエコノミックアニマルだと恐れられていたそうです。この時代はタクシードライバー志望者が少なかったはずです。というのも、新卒も中途も圧倒的な売り手市場でした。特に新卒の人気は凄まじく、内定者ではなく、志望したというだけで、ディズニーランドに連れて行ってもらえたり、スキー旅行や、海外旅行にいけたりすることなどもあったと聞いています。それだけ企業が人材を欲していた時代です。


タクシードライバーが不足しているのに対して、需要は極めて高い状態でした。まず、空前の好景気なので、どこの会社もお金が余っています。経費として使ってしまわないと税金になってしまうので、タクシーをどんどん使うように指示されました。また、接待も盛んな時代です。料亭でご飯を食べたあと、銀座のクラブまでいってお酒を飲み、終電後にお客さまをタクシーに乗せてやっと解散なんてこともよくあったようです。コロナ禍で社会人になった方には想像を絶する世界ですね。そして恐ろしいことに、バブルのころは、接待後に打ち合わせということもあったと聞いています。


酔っ払ったまま会社の会議室に流れ込みそのまま朝まで仕事をするわけです。栄養ドリンクのCMで「24時間戦えますか?」というキャッチコピーが使われていましたが、文字通り24時間働いている人もいたのです。となると、売上も非常に大きくなりますし、移動手段に電車を使うと効率が悪いため、タクシーでの移動が多くなります。特に接待が増える夜の繁華街では、タクシー需要が高まりました。接待をしていた会社員の中には、接待相手を送り出すためにタクシーを捕まえなければならないということはあったはずです。接待が終わっているのにお客さまを長時間待たせるなんてことがあってはいけませんから、必死でタクシーを捕まえようとします。


とはいっても、ただでさえタクシー不足なのでなかなか空車を見つけることができません。見つけても、乗車拒否されてしまうこともありました。現在では乗車拒否は厳しく禁止されていて、発覚したときの罰則も重いのですが、当時は乗車拒否するドライバーが多く社会問題になっていたようです。漫画『美味しんぼ』でも、主人公の山岡がタクシーに乗車拒否されて「許せない!」と怒るシーンが出てきたことを記憶しています。タクシーがなかなか捕まらないので1万円札をヒラヒラさせて呼び寄せる人もいたと聞いています。一番いいのは1万円札だけではなく、タクシーチケットも一緒に振ることです。こういうお客さまは少数ながらも最近まで残っていたと聞いていますが、コロナ禍を通じてもう見られなくなったと思います。


タクシーチケットというのは、契約した企業に料金を一括請求するものです。つまり、お客さまからすると自分で払うお金ではありません。タクシードライバーからするとタクシーチケットのお客さまは遠距離まで移動することが多いので、ありがたいお客さまです。その上、チケット代で通常の料金をいただいたあと、チップとして1万円をいただけるとしたら、これほどありがたいことはありません。なので、チケットと1万円をヒラヒラさせているお客さまを見つけたら、急いで駆けつけます。1万円札ヒラヒラはそれほど頻繁ではなかったかもしれませんが、バブルの時代はみんなお金をもっていました。節約するよりもしっかり使って経済をまわすという意識が強かった時代です。


もしかしたらビジネス誌には「タクシーのお釣りを受け取るな」という記事が載っていたかもしれません。小銭を気にせずにお札だけを持つ方がビジネスで成功するというような話は、現代でも語っている人がいます。当時どのくらいチップが溜まったのかはわからないのですが、人によってはかなりの額までいったのではないかと思います。もっとも、現在では電子マネーが普及しすぎてしまったせいで、お釣りが発生しないことがほとんどです。従ってチップをいただける機会も激減しています


 チップをもらうときの注意点


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ところでタクシードライバーはチップを受け取ってもいいのでしょうか。それとも本当は問題があるけど、こっそり受け取っているのでしょうか。まず、法律に違反しているかどうかですが、特にチップが禁止されている法律はありません。もちろん、多額の場合には、贈与税などがかかることはあるかもしれません。調べてみると個人から受け取った金額が110万円を超える場合には贈与税が発生するそうです。タクシーのチップで110万円を払う人はまずいないと思うので、こちらは問題がありません。


もう1つ、年の合計額が20万円を超える場合には、税務署に収入として申告する必要があります。つまり、確定申告をする必要があります。そのためには、いつ、何円のチップを受け取ったのかを帳簿に記入しておく必要があります。深刻をしない場合には脱税となり、追徴金が課されたり、悪質な場合には刑事罰になったりすることもあるでしょう。とはいっても、チップの帳簿をつけているタクシードライバーはいません。そして、年間20万円を超えることも現代では考えづらいので問題ないことでしょう。ちなみにインターネット上のサービスを通じて、おひねりのような形でチップを受け取っていた配信者が、まったく申告していなかったためにあとで税務署から絞られて、税金の納付と追徴金を求められたことが昔ニュースになっていました。


このケースは、1年あたり1000万円ちかくの収入があった上に、振り込み履歴などが通帳に残っていたことから発覚しました。タクシードライバーの場合は、手渡しになるのでまず発覚はしません。が、時折、多額のチップをもらったことをネット上に書いて自慢しているドライバーがいます。その方いわく、乗務する度に1万円のチップが出ると書いていました。これがもし真実で、税務署の方がそれをみていたら……。仮に月あたり12万円のチップを受け取っていた場合、144万円の申告漏れとなります。これを5年続けていた場合、700万円を超えることになります。そこで税務署が現れると……。税率が5%で、追徴金として5%とられるとすると、70万円を納付する必要があります。突然70万円と言われると困ってしまう人がほとんどだと思います。


このような話はほとんどのタクシードライバーにとって関係がないのですが、チップをもらったことを他人に自慢する癖がある人は、気をつけたほうがいいと思います。もし年間20万円を超える場合には、会社と税務署に相談して、きっちり申告するようにしましょう。チップの受け取りについて社内規定で禁止されている会社もあるかもしれません。筆者は聞いたことがないのですが、色々なタクシー会社があるので、もしかしたらあるかもしれません。そういった場合にトラブルになる可能性があるため社内規定をよく読んでおきましょう。社内規定があっても形骸化していることもあります。たとえば副業禁止の会社に、フードデリバリーの鞄を背負って出勤したドライバーがいると聞いたことがあります。先輩ドライバーに社内規定の実際の運用状況を確認するのが確実ではないかと思います。


 チップがもらえるドライバーになろう

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最後にチップがもらえるドライバーになるにはどうしたらいいかです。チップを目標に頑張るというのは、本末転倒している気がしますし、いまは電子マネーの支払いが多いのであまり効率的ではありません。ただ、チップをいただくということは、お客さまの期待以上のサービスを提供できたということの証明でもあります。そう考えると、チップがもらえるようなドライバーは良いドライバーということになります。雨の日に運転席を降りて傘を差して、お客さまが濡れないようにしたり、重い荷物がある場合にはご自宅のエレベーターの前まで運んで差し上げたりすることで感謝していただけます。


会計が終わったあとにもかかわらず、ポケットから小銭を出してチップとしていただいたことがありますし、あとで会社に感謝状を贈っていただいたこともあります。タクシードライバーは、お客さまを安全かつ迅速に目的地へとお送りするサービス業です。サービスの部分は個々のドライバーに委ねられているところも大きいので、そこを頑張るとチップにならなかったとしても、お客さまが笑顔で感謝してくれます。タクシードライバーとしてそれ以上の報酬はありません。


 まとめ


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  • チップが盛んに支払われるようになったのはバブル期の頃から
  • 多額のチップをもらう場合には税務署に申告する必要がある
  • お客さまの笑顔が一番嬉しいチップ


日本にはチップの習慣がないため、チップを払うという考えに至ったことがない方も多いと思います。一方で、海外旅行の経験などから良いサービスを受けたときはチップを払いたいという方もいます。この記事では、タクシードライバーからみたチップをご紹介しました。チップを受け取れることがあるというのは、タクシードライバーならみんなわかっていることで、それによってサービス面でも頑張ろうと思えているのは、多少なりともありそうです。皆様ももし余裕があったら、そして、良いタクシードライバーに出会えたらほんのちょっとだけでもチップを出してみてください。それによってタクシードライバーは1日中嬉しい気持ちでいっぱいになって、いい仕事だなぁと思いつつ、そのお金でタバコやコーヒーを買って至福のひとときを過ごします。

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