スゴ腕ドライバーって何が違う?

公開日:2024/09/18 00:08


 タクシードライバーは歩合性の仕事です。そして、ドライバーによって給料はまったく違います。収入の面でも大きく違っていて、稼ぐドライバーは年収が1000万円近くにもなります。この数字は東京などの大都市圏においてですが、もしかしたら地方都市でもそのくらい稼ぐドライバーがいるかもしれません。逆に、稼ぎが少ないドライバーは400万円以下になります。年収400万円なら悪くないとお思いになるかもしれません。確かに月30万円以上はコンスタントに稼げているので普通の仕事としては十分な数字です。


 ここで問題になるのは“長時間営業をしているのに稼げない”ドライバーなのかどうかです。つまり、時給換算したときにコンビニエンスストアのアルバイトと変わらないような給料になってしまっていたら意味がないということです。フルに残業までして年収400万円の場合には、時給に換算すると1000円くらいになってしまうことでしょう。タクシードライバーの仕事は、二種免許や講習を受けた上でしかできないうえ、事故のリスクもあることを考えると、これでは割に合わないといえます。それでも400万円ならまだいいほうで、営業時間が短かったり、欠勤が多かったり、営業効率が悪かったりすると年収は200万円台まで落ち込みます。


欠勤しなければいいという話ではあるのですが、体調不良に悩んだり、事故や違反によって乗務できない状態になったりすることもあります。ただ、体調をしっかり保つことや、事故や違反で免許を失わないようにすることもタクシードライバーとしての腕のうちです。タクシードライバーはお客さまにご乗車いただいてはじめて収入が発生する仕事なので、なるだけ多くのお客さまになるだけ長距離乗っていただくことで収入は伸びていきます。


 この記事では稼げる凄ウデのドライバーについて、そしてどうすればスゴ腕になれるのかについてもご紹介します。ただ、筆者はスゴ腕とは言えない中の上くらいのドライバーですので、あくまでも自分よりも腕がいいドライバーを観察しながら考えた内容が中心になります。



 稼げないドライバー

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 スゴ腕のドライバーを考える前に、腕のないドライバーの話から説明します。なおその逆をいくと、筆者のような中級ドライバーになります。本当のスゴ腕ドライバーは、何らかの超能力をもっており、単に定石をこなせるだけではその域に到達することはできません。ではまず定石について見てみましょう。


 まずは、長時間働けることです。タクシードライバーは時給制ではないのですが、そのように考えると理解がしやすいです。厳密な計算はしていませんが、目安として腕のないドライバー時給1000円普通のドライバー時給1500円スゴ腕のドライバー時給2000円以上と考えるとわかりやすいと思います。その上で何時間働けるかが勝負です。いくら時間あたりの稼ぎが大きくても、労働時間が短かったら収入は増えません


なので、エース級のドライバーは欠勤をあまりしませんし、月12乗務でいいと会社に言われても、13乗務できないかと交渉するくらいです。そして1回の乗務時間はフルに使います。遅刻したり、早戻りをしたりするとそれだけ稼ぎが減るので、そういうことはあまりしません。もっとも、日曜日の朝など需要があまり見込めないときには、見極めてさっさと帰庫して休養にあてることもあります。ただ、稼げる状況なのに戻るということはあまりありません。


 さて最初に書いたように、長時間働くために必要なのは体力です。1回の乗務は、隔日勤務の場合は20時間、日勤の場合でも10時間前後になります。始めたばかりのころは1回の乗務すらきつすぎて卒倒しそうになります。それが絶え間なく続いていきます。そして、タクシードライバーは生活が不規則になりがちです。隔日勤務早番の場合には、朝出勤すると仕事が終わって帰ってくるのは翌朝の2時くらいです。遅番の場合には、14時くらいに出勤して、仕事が終わるのは翌朝の昼前です。このように1回の労働時間が長くなるため、毎晩規則正しく、同じ時間に寝るということは不可能です。


 そのことが身体をむしばんでくると危険信号です。仕事を終えてぐっすり眠っているのに疲れが取れなかったり、不眠症状になってしまったり……。身体のつらさを訴えるドライバーはいますが、その元になっているのは睡眠リズムを固定できないことでしょう。タクシーの仕事では重いものを持ち上げることはほとんどないのですが、ずっと座りっぱなしであることで身体に悪影響をきたすことがあります。腰にダメージが溜まりますし、ずっと座りっぱなしなので足がだるくなります。腰痛を発症してしまうと最悪で、座っているだけで本当にしんどいです。


ずっと座りっぱなしなので運動不足になるのも問題です。運動不足はタクシードライバーが直面するもっとも身近な問題ですが、スゴ腕のドライバーは化け物じみた体力をしているため、20時間の乗務が終わったあとに野球大会に行ったり、ジムでハードな筋トレをこなしたりします。そういう姿をみて、ほんと信じられないなと呆れていたのが中級ドライバーの筆者です。


個人的な経験を書くと、私は眠い目をこすってフラフラになりながら自宅に戻り、ビールを飲んでバタンと眠りに落ちていました。昼頃眠りにつき、夕方に目覚めて身の回りのことをして、夜にまた寝ます。そして、朝起きたあと、仕事前にもう一度仮眠をしてから向かいます。これで体力的にはギリギリでした。なおスゴ腕のドライバーだと3時間眠っただけで完全回復してしまうということがあります。体力の差は、長期的にみると大きな収入の差になってきます。特に細切れで睡眠を取れるかどうかは、ドライバーとして大きな分かれ目になるのではないかと思います。


 年収1千万円?スゴ腕ドライバーとは?

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 体力を備えていないとスゴ腕ドライバーになれないというのは筆者の定義ですが、同業のドライバー諸氏に聞いていただいても、多くの方は同意してくれると思います。ただ、体力さえあればスゴ腕なのかというとそれも大きな間違いです。体力はあくまでも長時間乗務をする生活を、ずっと続けていく上で必要な要素です。また体力があれば、疲労によって事故や違反を起こしてしまうリスクも激減します。実際に稼いでいるドライバーをみると、元スポーツ選手であったり、ジムに通って鍛え抜いていたり、あるいは元々トラックバスなどのドライバーをしていて、長時間運転することへの適性が高いことが多いです。


 そこまでならば、努力すればある程度近づけます。筆者がタクシードライバーを始めたときは、道がわからないという不安とお客さまへの恐れを抱えていて、1回乗務する度にヘロヘロになっていました。しかし、生活リズムをタクシードライバーに適応させていくなかで、いくら乗っても大丈夫な状態になりました。コロナ禍でお客さまが全然いないときは逆に疲れましたが、お客さまが多いときはまったく疲れません。乗務中に2時間ほど仮眠すれば、翌日の昼まで目はぱっちりしており気力も充実していました。


 では、いよいよスゴ腕のドライバーは何が違うかを説明します。まず、目に見えて違うのは、長距離のお客さまを探す能力が極めて高いことです。筆者の場合、1回で1万円の運賃を超えるタクシー業界用語でいう「万収」がない日もあります。しかし、スゴ腕ドライバーは、どんな日でも、どんな時間でも「万収」のお客さまを見つけてきます。一体どうやっているのかと思って聞いてみるのですが、到底真似ができません。もっとも肝心なところはぼかされているのでしょうが。同じ場所で、同じように営業をしていても、著者のお客さまは近場までで、スゴ腕ドライバーは長距離ということはよくあります。もちろん、逆のこともありますが、1ヶ月というスパンでみると圧倒的な差をつけられてしまいます。


 何がその差に繋がっているのかについてタクシードライバーのなかでよく言うのは「嗅覚」です。スゴ腕のドライバーは、どの町にいけばお客さまがいるのか、その町のなかでどの道を選べばお客さまがいるのかを正確に見極められます。日経新聞を読んで経済の動向を読み、どこに需要が発生するのかを見極める……、というようなタクシードライバーは見たことがありません。というよりも、経済関係の話を同僚としたことがありません。あくまでも筆者のまわりのことですが、仮想通貨を買い損なったというような話くらいでした。なので、匂いを嗅ぎ分ける力としか言いようがありません。スゴ腕ドライバーが今日は赤坂に着け待ちしようと思うとそこで「万収」が発生しますし、たまに新宿へ行けばそこでロングを引きます。嗅覚といっても本当に匂いがあるわけではありません。刻一刻と移り変わる街の状況をみながら、様々な仮説を立てて、丁寧に営業していく姿勢が実を結んでいるのだと思います。また、常に考え続けられ、営業を続けられる体力があるということでもあります。


 腕の差をわけるのは高需要時ではありません。つまり、金曜日や12月の忘年会シーズンなどはあまり差がつきません。それよりも需要が落ちているときに腕の差がでやすいです。コロナ禍で需要が落ち込んでいるときでも、月の売上が100万円を超えるドライバーもいました。そんなスゴ腕ドライバーであっても駄目な日もある……、ということはないのです。同僚のスゴ腕ドライバーはどんな日でもコンスタントに高い売上をたたき出していました。彼と乗務日が一緒になることは多かったですが、私が売上額で勝てたことは一度もありませんでした。一体どうなっているのやら、です。


 スゴ腕ドライバーになるには

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 スゴ腕ドライバーになるにはどうしたらいいかですが、この記事で一貫して言っている通り、鉄の体力を作ることはとても大事です。疲れたなどと言うことはなく、乗務時間が終わってしまうことが惜しいと感じるくらいの鬼の体力があることは大切です。体力が足りていない場合には体力作りが必要ですし、睡眠に問題があるようならば寝具や生活習慣の改善が必要です。深酒する癖がある人はそこも改善したほうがいいでしょう。


 その上で必ず行うべきは、まず地理を知ることです。それは地理試験に合格できるとか、幹線道路についてはちゃんとわかっているとか、そういうレベルのものではありません。街の中のどこに飲み屋さんがあって、スナックやキャバクラなどの終電後まで空いているお店があって、残業が多い大手企業があるのかなどを隅から隅まで把握していることが大切です。スゴ腕ドライバーは例外なく道について非常に詳しいです。筆者のようなドライバーだと、繁華街を回っていてもついつい非効率的なルートを辿ってしまうことがあります。


 しかし、スゴ腕ドライバーは、周囲のタクシーの動きをよく見て牽制しながらも、常に高単価のお客さまが現れやすい位置をとり続けています。中級ドライバーとスゴ腕ドライバーの差は「高単価のお客さまが現れやすい場所にいる時間」の差と言えるかもしれません。


私の場合は普段営業する都心地域のことしか知りませんが、スゴ腕ドライバーは、銀座から成増までお客さまにご乗車いただいた場合、成増でもお客さまを見つけて、再び都心まで戻ってくることがあります。つまり、成増の営業ポイントを把握しているわけです。成増が駄目でも、近くの繁華街を営業してみて、駄目そうならすぐに見切りをつけて、猛スピードで都心へと戻ってきます。この場合にも、比較的近い池袋に行くのか、新宿に行くのか、あるいは銀座まで行くのかで運命が分かれます。ここをどう選択するかが最終的には「嗅覚」としか言いようがない判断になってきます。誰よりも街に詳しくなって、誰よりも長い時間走り回れるものがスゴ腕タクシーと言えるかもしれません。


 まとめ


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  • タクシーは許される時間内でなるだけ長くことで収入を増やしていく職種
  • スゴ腕ドライバーは体力もスゴい。体力不足を訴えているうちは結果がついてこない
  • スゴ腕ドライバーは地理の知識も尋常ではない


 スゴ腕ドライバーの秘密という内容を書こうと思っていたのですが、中級ドライバーから見たスゴ腕ドライバーというような内容になってしまいました。どうしてこうなったかというと、スゴ腕ドライバーの凄さというものは言語化されていないことが多く、だからこそ本人にしか達成できない技術となっています。何とか教えてもらおうと聞いてみても「ふつーにやるだけだよ!ほら、どこを曲がればお客さんの気配がするかを感じるんだよ!」みたいなことを言われて、それがわかれば苦労しないんだよと嘆くことしかできません。

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