タクシードライバーへの転職を考えたとき、まずは労働条件や、給料がどの程度もらえるのか、などが気になると思います。しかし、調べてみても、なかなかわかりづらいのがタクシー業界です。
著者は、一度勤務してみてから色々なことが腑におちていきました。やってみないことには何とも説明しがたい特殊性がタクシー業界にはあります。だからこそ、きついと言ってすぐに離職してしまう人もいますが、逆にタクシー以外の仕事はしたくないと言って、ずっと続けている人もいます。きつい仕事と表現することもできますし、楽な仕事と表現することもできます。
そんなタクシードライバーの感じるストレスからお話ししていきましょう。ネガティブな話題のように思えますが、これから紹介する点だけクリアできれば、タクシードライバーは非常に快適な仕事だと言えるのです。
タクシードライバーのストレスは、接客と運転の2つに大別できます。
まずは接客に関することです。酔ったお客さまの相手をするのがすごく苦手で、さらに1分1秒を争うビジネスマンも苦手、というドライバーは営業する場所がなくなっていきます。なぜなら、タクシーを一番よく使うお客さまは、ビジネスマンと終電が終わったあとまで飲んでいた方だからです。従って、そこを避けてしまうと売上が伸びず、収入も低くなってしまうのです。
売上にこだわらず、気楽な仕事だからと続ける人もいます。住宅街のタクシー乗り場に延々と並び続けるタイプのドライバーにはこういうタイプが多く、このような営業スタイルを「ローカル営業」と呼びます。反対語としては、あまり使いませんが「都心営業」でしょうか。中央区、千代田区、港区という主戦場に挑み、その周辺部もうまく使っていく営業スタイルです。
もう一つのストレスが運転です。これは当たり前といえば当たり前なのですが、長時間運転することに適性がない方には、タクシー運転手は決してお勧めできない仕事です。できる限りこまめに休憩を入れながら運転するのですが、それでも勤務時間が20時間を超えることもあり、そのうち17時間は運転している、なんてこともあります。そのロングドライブに耐えられるかがとても重要です。
もっとも、これについては慣れが大切です。慣れると、あっという間に終わってしまう日もあります。逆に、全然時間が過ぎないように感じてつらい日もあるのですが。
何らかの理由でお客さまが少ない日は、本当につらいです。
月収で言うといくら、と説明できればいいのですが、タクシードライバーは働きぶりに応じて給料がまったく違います。月収換算で20万円程度の人もいれば、60万円を超えるような人もいます。年収の平均値を見れば300〜400万円の間に入りますが、この数値はあまり参考になりません。
どうしてこのような差が生まれるのかを理解するために、給与システムについてご説明します。
会社によっても異なるのですが、タクシードライバーの給料は、ほとんどの場合は歩合制です。つまり、売上をあげた分だけ収入が増える、というシステムになっています。同じ売上でも、歩率が高いほうが給与も高くなるため、転職する際に気にするドライバーは多いです。
といっても、交通費、諸経費や保険などを考えるとあまり変わらなくなることも多いため、働きやすさで決めるほうが良い、と著者は考えています。働きやすければ「辞めたい」と思いながら仕事を続ける必要がなく、ストレスが少ないので、結果的に良い仕事ができて売上アップに繋がるかもしれません。
では働きづらい会社とはどういうところなのかというと、一番多く聞くのがノルマが高すぎる会社です。1回の売上目標が3万円の会社もありますし、6万円という会社もあります。目標を超えなくても特に問題視されないところもありますし、注意や面談などによって改善を促されるところもあると聞きます。ノルマが高いほうが、自分の収入も高くなるとはいえ、身の丈にあわないノルマはかえってストレスになります。
たとえば、隔日勤務で月12回営業するときのことを考えてみましょう。と、いきなり言われても何のことかわからないと思うので、ゆっくり説明します。
「隔日勤務」というのは、2日分まとめて働き、翌日は「明番」と呼ばれるお休みになる働き方です。具体的にいうと、21時間勤務したあと、27時間休んで次の乗務になります。もっとも、これは最大まで残業した場合なので、18時間勤務(うち休憩3時間)のあと、30時間休む、というプランにもできます。このあたりの詳細なシステムは会社によっても異なりますが、労働基準法や旅客運送に関する法律の縛りを受けるので、おおむねどの会社も同じくらいになっているはずです。
「隔日勤務」は、2日分を一気に働き、これを営業1回と呼ぶ。このことを大まかにご理解頂けたら、以下の説明がわかりやすくなると思います。ちなみに、隔日勤務ではなく「日勤」という働き方もあります。これは普通の仕事のように朝から夕方まで働く場合と、夕方から朝まで働く場合があり、それぞれ昼日勤、夜日勤(ナイト)と言います。著者の所属していた会社では、日勤営業は0.5回で計算されていました。さらに補足するなら、体調不良、事故、私用などで早退した場合にも営業回数は0.5回とカウントされます。
さて、ノルマがある場合には、営業1回あたりにつき何円、と設定されます。この1回で3万円を売り上げれば良いのか、6万円売り上げる必要があるのか、あるいはそれを月に何回やればいいのか、平均でいくら以上にしなければいけないのかなど会社によって設定されることもあります。
一人一人のドライバーの売上をしっかり確保していく戦略をとっている会社の場合、ノルマが高めに設定されています。著者の知る限りですが、高いところでは平均で6万円以上という話を聞いたことがあります。他の会社では、平均3〜4万円程度に設定されているところが多いように思います。逆に、ノルマがないことを売りにしている会社もあったように記憶しています。
タクシードライバーは歩合制で、売上の50〜60%程度が収入になります。このシステムも一口に説明するのは難しく、営業回数や売上が一定以上いかないと歩率が上がらない、ということがあります。つまり、それがノルマなのです。
具体例として、平均5万円で12回がノルマの会社の場合を考えてみましょう。ここでは少し極端に、ノルマを達成していれば歩率が60%、未達成のときは52%とします。このとき、売上額は60万円となります。この会社では、5万円を超えると歩率が60%、5万円未満では55% に設定されています。となると、ドライバーの目標は平均で5万円以上営業することとなるはずです。
このような設定で、まずはどのくらい給与額が異なるのかを計算してみます。
平均4.8万円の場合には、57.6万円が売上額となります。ノルマを超えていないので、歩率が52%となり給与額は29.9万円です。各種保険や税金が引かれるので手取りは24〜26万円くらいでしょうか。
平均5.2万円の場合を考えてみましょう。月の売上額は62.4万円です。ノルマを超えているので、歩率は60%となり、37.4万円です。手取りでも30万円を超える月収となります。売上額の差は5万円弱なのに、給与の額は10万円近く変わってくるのです。
これはあくまでも極端な例ですが、ノルマ、歩率、勤務形態などによって給料は大きく変わってくることを、おわかりいただけたでしょうか。
少し複雑な話でしたが、ノルマと歩率の話を交えて、タクシードライバーの収入について話してきました。次はもう少し視点を変えて、ミクロな話とマクロな話をしたいと思います。
タクシードライバーの収入は、当人の売上に左右されます。極端なことをいうと、月の売上が100万円を超えれば60万円以上になりますし、売上が0ならば収入も理論上は0になります。これがミクロな話です。
マクロな話をすると、タクシードライバーの収入は景気や情勢に大きく左右されると言えます。お客さまの「移動したい」という需要が存在しなければ、タクシーの売上げをあげていくことも難しくなります。コロナ禍である昨今、タクシー業界は深刻な影響を受けました。
タクシーのお客さまは、ビジネスマンと終電後まで飲んでいる酔客なのですが、コロナ禍では両者とも街からいなくなってしまいました。飲食業界が大打撃を受けたことは、皆さんご存じと思いますが、タクシー業界も大きなダメージを受けていたのです。もっとも、タクシードライバーの給与は歩合制なので、会社よりもドライバー一人一人のダメージが大きいということになります。タクシー会社も大きく減収となったはずですが、それにともなって、自動的にドライバーの給与も下がるわけです。
コロナ禍、リーマンショック、震災不況など、情勢が悪くなった際には、タクシードライバーも打撃を受けることになります。そういう状況でもお客さまを確実にみつけてしっかりと売上を作れるドライバーも、もちろんいます。しかしながら、平均値としては大きく低下します。
もう少し、具体的に見ていきましょう。コロナ禍以前の令和元年については、東京都の平均給与額は約484万円です。北海道は約281万円、福岡県は約304万円で、全国平均は約357万円となっています。この数値が、コロナ禍になるとどうなったでしょうか。
東京都が約338万円、北海道は約231万円、福岡県は、約246万円です。全国平均だと約299万円と、50万円以上も落ち込んでいます。特に東京のダメージは大きく、150万円近くも落ちてしまっています。毎月の収入が10万円近く落ちてしまうと考えれば、この恐怖がわかると思います。著者もコロナ禍の東京を営業していましたが、文字通り悪夢でした。どこへいってもお客さまの姿はなく、タクシー乗り場は着け待ちのタクシーで長蛇の列です。需要自体が落ち込んでしまっているので、打開策もほとんどありません。
ちなみに、令和3年になってもほとんど同じ水準です。不況によって収入が落ち込んでしまうのは、タクシードライバーの大きなリスクと言えます。
逆に考えると、不況時でなければ、かなり稼ぐことができる仕事なのも事実です。50歳オーバーでも問題なく転職できて、経験不問でありながら、平均年収が480万円という業界は、他にはなかなかないと思います。その分大変なことがあるのも事実ですが、運転さえ苦にならなければ、それほど大きな負担ではありません。
たとえば、同じような転職条件の警備員であれば、暑い日も、寒い日も、雨の日もずっと立っていることが求められることがあります。一方でタクシーの場合は、勤務時間が長くても、冷暖房が完備された車内でずっと過ごすことができます。確かに不況のとき はつらいのですが、そういうときに解雇されるリスクが低いのもタクシー業界の強みです。
他の業界の場合には、需要が落ちた場合には人員整理されることがほとんどですが、タクシーの場合にはそういうことはあまりありません。というのも、タクシー会社の営業戦略は、タクシードライバーの数をそろえるところから始まるからです。ドライバーがいなければ売上を伸ばすことができません。ドライバーが多く、一人一人の売上も高く、事故が少ないことがタクシー会社にとって理想的な状態です。不況だからといってドライバーを解雇したところで、タクシーが車庫で休んでいるだけになってしまって、売上を伸ばすことはできないのですから。
収入面について色々と書いてきましたが、あまり数字にこだわりすぎないようにしたほうがいい、というのが著者の考えです。
数字や収入は、良い営業を続けたあとについてくるものです。最初から数字をあげることを目標にしていると、疲れがあっても無理して運転をしたり、眠気を我慢して営業してしまうようなこともあり得ます。他の仕事ではある程度無理ができることもあるでしょうが、タクシードライバーの場合には、危険な事故に繋がってしまうことで、自分だけでなく人の安全を脅かす可能性があります。
自分が怪我をしたり、最悪命を失うだけならば、まだマシなほうだと言えます。街を歩く人や、お客さまの命まで危険にさらすのは、あってはならないことです。タクシードライバーの仕事の本筋は、お客さまを安全かつ迅速に目的地へとお連れすることであって、売上を伸ばすゲームではありません。
もちろん、何年も乗務し、無事故無違反を続けられたドライバーなどは、ある程度数字にこだわってもいいと思います。しかし、最初の1、2年から売上にこだわりすぎるのは本当に危険です。そういうドライバーが事故を起こしてしまうのを、著者も何度も見てきました。
かくいう著者も、最後の1時間で売上を伸ばそうと無理をしたときに、確認不足で車をぶつけてしまったことがあります。怪我はするし、会社には怒られるし、気持ちは落ち込むしと、最低最悪の出来事でした。その月は売上も大きく落ち込んでしまいました。
収入を高めたいというのは誰もが思うことです。しかし、お客さまの命を預かりながら公道を走り続けることの重みをしっかりと背負い、その上で無理のない範囲での努力とするべきです。自分がどのくらい運転ができるのか、集中力が続くのか、酔客に対応できるのかなど、やってみないとわからないことは多いです。なので、一度タクシードライバーになってみるしかないのですが、その際に十分な研修を用意してくれて、事故やトラブルへの備えを教えてくれる会社を心からお勧めいたします。