タクシードライバーになってから大変だったこと

公開日:2024/09/19 03:32



最もタクシードライバーになってからは、インターネットなどを通じて色々なドライバーと知り合うようになった。なかなか癖が強い人が多いのだが、とても面白い人もいる。タクシードライバー以外のテーマを追っている人を集めて、タクシードライバー+αというコミュニティを作ってみた。こちらは非営利プロジェクトである。


ライターの同業者もいるし、元経営者やこれから起業したい人、投資の達人など色々な人がいる。


さて、いくつかの会社に連絡してお話を聞いてみた。といっても、就職活動なんてほとんどしたことがないし、メールや電話のやりとりも極めて苦手としている。そのため3社だけで決めてしまった。


この点については若干の後悔があって、やはり第三者的な視点から業界について案内してくれる『プロタク』さんで相談しておけば良かった。今の会社に不満はないが、もっとベストなチョイスがあったかもしれないからだ。


さて、最初にお話を聞いたところは、準大手の会社であった。懇切丁寧に業界について教えてくれたのでとても助かったのだが、乗務日程は年単位で決まるため、ずらせないというお話だったのと、役所感をおぼえたので辞退させて頂くことにした。


ぼくはライフワークとしてサッカー旅に出て文章にしている。旅とサッカーのウェブ雑誌の代表であり、メインライターをしているのだ。従って週末にまとまった休みがとりたい。毎週末である必要はないのだが、1~2ヶ月に1度はサッカー旅に行きたい。それが出来るかどうかは重要なポイントであった。


またもう一つ気になるポイントがあった。二種免許の取得費用は会社負担なのだが、途中で退職した場合には返還する必要があるとのことだった。わかりやすく言うと辞めた場合は30万円の罰金が発生するのだ。3年程度務めた場合には解除されるのだが、正直言って3年も務める自信がない。1年間だけ冗談みたいな待遇で契約社員をしていただけだ。縛られるのはなるだけ避けたい。


次に訪れた会社は、近所にあるこじんまりとした会社であった。メールするとすぐに返事を頂けたので、会社見学という名目で所長さんと面談が出来た。この時一番印象に残っているのが、所長さんの一言。


「タクシードライバーはあまり良い仕事ではない。だからみんなすぐに辞めてしまう。」


第三者的な視点からフラットにタクシー業界を語ってくれることに信頼感を覚えた。タクシー業界自体の離職率はそこまで高いわけではないようだ。


だが、業界内の転職は非常に多い。前述の通り、タクシー会社は慢性的にドライバー不足である。そして二種免許を持った転職者は常に歓迎されている。ドライバーからすると転職した場合でも、精算の手続きなどは若干変わる程度で基本的にやることは同じだ。通う場所と待遇だけが変わる。従って非常に転職しやすい。


もっとも、狭い業界なので問題を起こした場合には、転職先にも伝わってしまうことも多いのだそうだ。そして驚くべきことが起こった。


「いつでも採用するから、他の会社も色々みてうちで働きたくなったらいつでも連絡して下さい」


会社見学の時点で採用が決まってしまった。何せ、まだ履歴書すら出していないのだ。就職氷河期の絶望、落とすための面接とはえらい違いだ。どうして履歴書を出す前に、健康そうで、真面目そうで、免許に傷もなく、運転歴も十分にある。そしてコミュニケーションも普通に取ることが出来る。これだけあれば十分なのであろう。


所長は信頼できるし、施設もしっかりしている。家からも近い。そして、決定的であったのは、途中で退職した場合のペナルティが特にないことであった。いつでも辞められると聞いたならば躊躇する理由などない。


翌日に就職を志望するという旨を連絡し、その翌日に再び会社を訪れ、タクシードライバーになるまでのスケジュールが確定した。その際に履歴書を提出したのだが、東京大学出身ということがその時発覚して非常に驚かれた。


とはいえ、色々な世界からはぐれものが来るのがタクシー業界の常である。驚かれはするが根掘り葉掘り聞かれることはない。過去はあまり聞かないのがお約束なのである。


そしてその2日後。ぼくは教習所へと送り込まれた。まずは、2種免許取得を目指すことになった。その時はまだ知らなかった。教習所は地獄だということを。タクシー会社と提携している教習所は、ドライバー養成のための特別プログラムを用意している。とはいっても、受けなければならない教習の数は決まっている。


そのため1週間程度、集中受講することになるのだが……。通常2ヶ月くらいかけてやるものを1週間で終わらせるのは無理がある。いや、学生の時ならば耐えられたかもしれない。朝早く起きて遅刻しないように教室に行くことにも、暗くなるまで黙って座って話を聞いていることにも。


内容はそれほど厳しくはない。学科も実技も普通免許とそれほど大きな差はない。同じ内容をやり直すようなイメージである。だから、普通免許を取ったことがある方は、あの教習を1週間でまとめてやることを想像してもらえるとわかりやすい。


ぼくは朝起きて、教習所に辿り着いて出席票を提出し、講義中もひたすら眠気と戦い、10分間弱しかない間の休みは死んだように眠った。帰宅するとぐったりしていて学科の復習や後述する地理試験の勉強など不可能であった。


受験生の頃は、往復の電車はおろか、歩きながら単語を唱え、風呂の中でも参考書を読み、寝る寸前まで数学の問題を解いていた。


しかし今は、少しでも余裕が出来たならば新宿ゴールデン街に趣き、馴染みのお店でハイボールを飲みたくなっている。人間は堕落する。そして、タクシードライバーになるためには真人間にならなければならない。人間更正のためのタクシードライバー修行である。


普通免許と二種はそれほど変わらないと書いたのだが、明瞭に違う部分もある。学科の面では、法令知識などを細かく問われるようになる。また、安全確認については非常にシビアな思考が要求される。


ぼくは学科試験に2回も落ちた。何とか3回目に滑り込んで受かったのだが、本当に難しかった。合格率は○%程度なので、○人に1人しか受からない。とはいっても何度も受けることは出来る。


言うまでもなく、ぼくは試験問題を解くのが得意だ。試験問題には意図があって、そこから逆算すると問題を解くのも用意である。一方で二種の学科試験については、とにかく真面目に注意深く勉強するということが趣旨なので、真面目に勉強しなければいけなかったのだ。


ぼくには真面目さが足りなかった。人間更正のためのタクシードライバー修行である。


運転は得意な方であったので、鋭角、縦列駐車、転回などはそれほど苦労しなかった。S字カーブをなぞるようにバックするという課題も一発でクリアした。とはいえレーサーになるわけではない。実技では兎にも角にも安全確認が問われる。


普通免許を取得した時に、三点確認という方法を教わったはずだ。まずはバックミラーを確認し、次にサイドミラーで後方を見て、最後に横を直接見て死角を確認する。二種であってもやることは同じなのだが、この精度が問われる。普通免許の場合は、一応見ておけばいいという程度であった。


しかし、二種の場合には、大きく首と身体を動かして確認する必要があった。特に後方確認の深さと正確さはプロとアマチュアには大きな差が出る。二種免許のための教習は安全確認を徹底することで事故の確率を可能な限り下げることを目的にしているように思う。


職業ドライバーは基本的には知らない道を、自分の意志ではなくお客様の意志で走る。そのため自分のペースで走られないのだ。だから、事故に直結するような癖があるドライバーは必ず事故を起こす。


何せ1回の乗務で17時間、月あたり約200時間、一年間で2400時間も運転することになるのだ(1乗務17時間運転、月12乗務で計算)。確率論としては1時間あたりに事故する確率が0.1%であったとしても、何千時間も運転すると事故が発生してしまう。


仮にこの数字で計算してみると1年間の間に事故が起こる確率は○%ということになる。ということは、0.0000001%であっても事故の確率を減らしておく以外に方法がないのである。事故だけではなく違反についても大きな問題になる。違反した場合には、免許証に点数が足されていく。点数が減るという理解をする人が多いのだが、正確にいうと0点の免許証に違反点数が足されていく。


そして、6点の加点で免許停止処分となる。1度だけならば講習を受ければ1日で復帰できるのだが、2回目の免停からは一定期間仕事ができなくなってしまう(2回目で45日、3回目で90日)。その間の給与保証については聞いたことがない。タクシードライバーはタクシーに乗らない限りは保護されないのである。これは教習所というよりも後の研修についてなのだが、いざトラブルになった際に、過失にならないノウハウも学ぶ。


例えば道路を横断しようとしている歩行者がいて、停車して「どうぞ」と手で合図を送ったとする。自分は停車して道を譲っているので何も問題がないように見える。しかし、歩行者が別の車に轢かれるかもしれないのだ。


その場合「タクシーの運転手が速く行くように急かしたので、安全確認が出来なかった」などという過失がつけられてしまうかもしれないのだ。だから、正解は、歩行者と目が合っても、停車して軽く微笑む程度にする。もちろん、絶対に他の車や自転車などとぶつからないと確信した場合には合図を送るのもいいかもしれないのだが、そんなことは出来ない。


後は、徐行しているときに歩行者のほうから軽くぶつかってきたとする。あちらは「ああ、ごめんね」などと言ってすぐに立ち去ってしまった。怪我もなさそうだなと思って安心していると後日ご用となってしまう。これはひき逃げという扱いになる可能性があるのだ。そうならないように、警察に出頭し、歩行者と接触はしたが、相手が立ち去ってしまったことを報告しなければならない。そうすればひき逃げにはならないのだそうだ。もしひき逃げという扱いになったらどうなるか。


そうなると行政の判断によるのだが、死傷者を出していないひき逃げの場合、5年以下の懲役または50万円以下の罰金である。場合によっては刑務所に入ることになるのだ。そして、一緒に働いていた同僚が、ある日を境に刑務所に入ってしまったという話も実際にあるようだ。もっともこのようなケースで実刑にまでなるかどうかはわからないが。また恐ろしいのが免許証の点数で、なんと35点である。その場合、一発免許取り消しとなる。免許を守らなければ仕事が続けられない。違反や点数は別の章へ。


実技試験に合格し、学科試験に合格した後はタクシーセンターでの研修を受けることになる。一般の方には聞き覚えがないと思うのだが、江東区の南砂町にある国土交通省管轄の公益財団法人である。タクシーセンターが好きだというドライバーには出会ったことがない。その理由はタクシーセンターが出来た理由に遡ると明白である。昭和40年代半ば、高度経済成長の最中にて、日本の都市は目覚ましい発展をしていた。


人々が豊かになっていくに連れて、タクシーの利用者も増えていったのだが、そんな中で「乗車拒否」などの違法行為が頻発するようになった。当時のタクシードライバーは「雲助」などと呼ばれていた。この呼び名は、江戸時代にぼったくり行為など行ったもぐりの運送屋などを指す職業差別的な侮蔑用語である。しかし、1999年の京都地裁の判決文において「一般論でいえばタクシー乗務員の中には雲助(蜘蛛助)まがいの者や賭事等で借財を抱えた者がまま見受けられること」(京都地判平成11年10月18日同地裁平成11年ワ第602号損害賠償請求事件)と記されたことがあった。


これについては、民主党などが抗議文を出し、東京のタクシードライバーが名誉毀損で国家賠償請求訴訟を起こすなどしたという出来事があった。なので、ぼくもタクシードライバーは雲助だなんて書くと、訴訟されてしまうかもしれないのだが、少なくとも20世紀においては、タクシードライバーに対する良くないイメージはあったのだろう。


思えば子供心にタクシードライバーの運転が荒いと思ったことは何度もあったし、漫画『美味しんぼ』でも乗車拒否されて激怒するシーンが出てきた。ちなみに足下を見るという言葉は、江戸時代の雲助達が客の履き物を見て、ぼったくるかどうかを決めたことに由来しているらしい。なので、客の値踏みをしたり、距離が近い場合には機嫌が悪くなったり、愚痴を言ったり、遠回りしたりするドライバーがいた場合には、雲助気質であるということは言えるかもしれない。


ちなみにぼくは雲助という言葉はなんだか若いらしいのでどちらかというと好きだ。海賊漫画が天下を取る時代なのだから、雲助漫画に人気が出る日も来るかもしれない。


「雲助王に俺はなる!」


さておき、悪質なタクシードライバーが増えてきた中、状況を是正するために作られたのだが「タクシー業務適正化特別措置法」であり、その定めによって東京、横浜、大阪という特別指定地域にタクシーセンターが設置されることになった。タクシーセンターの仕事は色々あるのだが、最初にお世話になる時はタクシードライバーの登録されるため、また地理試験を受けるために行くことになる。


5日程度の講習を受け、地理試験と法令試験を受けると乗務員証を受け取れる。また講習である……。そして地獄の地理試験が待っている。地理試験といっても暗記物なのである程度慣れている人ならば時間さえかければ合格出来る。


しかし、これまで暗記をしたことがあまりない人の場合には、かなり苦戦するようだ。人によっては2週間近く合格できず、最後にはタクシードライバーになることを諦めてしまうこともあるらしい。どんな問題が出るのか気になる方もいると思うので紹介しよう。せっかくなのでタクシードライバー向けの講義のようなスタイルで書いていこう。


では、地理試験攻略講座を始めよう。我々東京武三地区では、東京23区および武蔵野市、三鷹市を営業エリアとしている。ちなみに、営業エリア内でお客様を乗せてエリア外へ行くことは出来るし、あまりないと思うがエリア外からエリア内は出来る。しかし、エリア外で乗せて、エリア外で下ろすのは違反となるので注意して欲しい。


諸君がまず覚えなければいけないのは、東京の幹線道路である。ある程度の距離を移動する場合には必ずと言っていいほど幹線道路を通ることになる。東京の幹線道路は、まずは皇居を中心とした環状線から覚えよう。

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