タクシードライバーはお客さまを選べません。お客さまが手を上げたら、車を止めて、ドアを開いて迎え入れることを第一にします。タクシー乗り場でも同様で、自分の順番が来た時に待っているお客さまをお迎えします。もっとも、お客さまを選びたいと思っているドライバーは、正直言うと、います。実際にタクシードライバーをしていると、色々なお客さまがいます。この記事では、実務する上での注意点である「乗車拒否」についてご説明したあと、よくある困ったお客さまについてご紹介しようと思います。
我々タクシードライバーが一番嬉しいのは、トラブルになる可能性が低く、長時間乗っていただけるお客さまです。
一つ具体例を出します。これは、私が同僚から聞いた話です。羽田空港から山梨県の甲府市まで移動した老婦人がいらっしゃったそうです。持病などのご事情があったようで、長時間電車に揺られることに不安を感じたとのことです。車での移動ならストレスも小さく、足への負担もありません。お金はかかりますが、精神的にも肉体的にも楽で、リスクも小さい移動方法といえます。移動距離はおおよそ150kmなので、概算ですが5万円から6万円くらいのご料金になると思います。非常に高額ですが、一度だけのご利用で、リスクを避けるためと考えて使う方はいると思います。栃木県、山梨県、長野県、静岡県などと東京をタクシーで移動するお客さまは少数ながら確実にいます。
電車で移動した場合には、概ね2時間半くらいかかり、5000円くらいで移動できます。ただし、駅の中での移動や、電車の乗り継ぎなどもあるので、実際にはもっと時間がかかる可能性が高い。また、最寄りの駅からの移動コストもかかります。一方で、タクシーの場合には、目的地だけ伝えたら何も考えず座っているだけで、眠っていても大丈夫です。電話することもできますし、運転手と世間話することもできます。荷物を運ぶ必要もありませんし、家の目の前まで行けます。運転手にもよるとは思いますが、それだけ長距離を移動したお客さまの場合には、荷物を玄関まで運ぶサービスを受けられるかもしれません。お金はかかりますが、非常にハイレベルなサービスを受けられるといえます。一方で、タクシードライバーにとってもこういうお客さまが一番嬉しいです。苦情になることもなく、感謝もしてくれて、しかも長距離を乗っていただけるなんてこんなにありがたいことはありません。逆に一番困るのは、短距離をご利用で、しかも会計後にトラブルになるお客さまです。
例えば600円の運賃を請求したときに「いつもは500円だから500円以上払いたくない」と言われることもあります。あるいは「実はお金を持っていないんだけどどうしよう」ということもあります。ひどい場合には、お金がないからコンビニで卸してくると言われて、待っていると裏口から逃げているというケースもあります。こういったことを防ぐために、荷物を置いていってもらうこともありますが、荷物がダミーといだったりもします。なかなか厳しい戦いなのです。500円の乗り逃げは明瞭に犯罪なのですが、被害届けを出すのは非常に面倒です。
なので泣き寝入りになることもありますが、他のドライバーのためを思って警察に行くこともあります。両極端な例ですが、このように嬉しいお客さまと困るお客さまがいるのは事実です。前者は例外的な超ロングでタクシードライバーに一生自慢できるレベルのもので、後者は犯罪の被害者になるというものです。
インターネット上や、あるいはマスコミで芸能人が話す内容として、空車のタクシーが走ってきて、手を上げたのに止まらなかったと怒っている内容をときおり見かけます。タクシーがお客さまを無視する行為を「乗車拒否」といいますが、こういった行為は法律で厳しく禁止されています。通り過ぎてしまえばどのタクシーかわからないということはなく、ちゃんと調べると何時何分にどこそこを通過したタクシーを割り出せます。お客さまからの、乗車拒否されたというクレームがあった場合には、ドライバーと車両が特定されることがあります。
ドライバーとしては乗車拒否しないことを徹底していますが、見過ごしてしまうことはきっとあるのだろうと思います。というのも、大きく手を上げて、見えるようにしていただけるお客さまばかりではなく、腰のあたりで小さく手を動かすだけという方もいます。中には、目を合わせただけでタクシーは止まるべきだと考えているお客さまもいます。嘘のようですが、本当のお話です。もっとも、タクシードライバーはお客さまかどうかを見分けるために、目が合うかどうかを基準にしています。そのため、目があった場合には、一応止まる準備しますし、いかにもお客さまだなと思ったときは目の前まで行ってドアを開けてみることもあります。いやいや、道を歩いて横断しようとしただけだよという風に首を振られることもありますが、そのまま乗っていただけることもあります。
原則として乗車拒否はできないといっても例外はあります。「乗車拒否をしてはいけない」という義務とは、正確に言うと道路運送法第13条の「運送引き受け義務違反」となります。例えば泥酔していたり、不潔な服装をしていたりする人は断れます。他にも付添人のいない重病の方や、危険物をもっている方については断れます。危険物とは何かですが、こちらも詳しく規定されています。
まず、火薬類は禁止です。が、例えば運動会などでスタートのときに使う空砲用の火薬ならどうなのかというとこちらはセーフのはずです。50発以内の実包および空包であって「弾帯または薬ごうに入っているものを除く」と規定されています。なので、厳密に言うと、運動会用であっても51発分あればタクシー運転手は断れます。100グラムを超える煙火も同様です。煙火というのは法律用語で言うところの花火のことです。
他にも、揮発油、灯油、軽油などに加えて、ニトロ、セルローズなど。黄リン、カーバイト、金属ナトリウムその他の発火性物質およびマグネシウム粉、過酸化水素、過酸化ソーダその他の爆発性物質ですが、これはもはや専門的すぎて何のことかわかりません。こういったものを運ぼうとするお客さまもいないと思いますし、気づくのも困難ですが、灯油くらいならあるかもしれません。
その場合は断れます。とはいえ、家までどうしても持って帰れないという高齢者がいたら、運転手によっては乗せてしまうかもしれません。車内が油くさくなってしまうので、そのあとにおい抜きをする必要がありますが。他にも、刃物、放射性物質や高圧ガス、クロロ・ホルム、ホルマリン、メチル・クロライドなどの持ち込みも断れます。
衝撃的な項目としては、死体です。死体を乗せることはできません。これは、犯罪によってできた死体というよりも、霊柩車の代わりに使われることは拒否していいということでしょう。動物も断れますが、身体障害者補助犬および、愛玩用の小動物は除くとされています。従って、普通のサイズの犬や猫なら乗せられますし、お客さまからすると原則的には断られることもありません。ただ、聞いてみると他の運転手に断られたといっているお客さまもいます。犬や猫のアレルギーをもっている運転手もいますし、動物が苦手で、安全に運転できないということもあるかもしれません。このあたりはグレーゾーンといえばそうなのですが、現場での判断となります。
最後に、大丈夫そうだなと思ってご乗車いただいたのですが、そのあとすごく後悔したケースです。よくある話でいうと、一見普通にやりとりができる様子だったのですが、走り出してしばらくすると眠ってしまうというケースです。泥酔しても、お店を出て、仲間と別れるところまでは意識を保っていますが、タクシーに乗ると静かで安全な環境と、車の加速感や揺れによって睡眠へと誘われることは少なくありません。眠ってしまっても起きてくれたらいいのですが、目的地についてもまったく起きなかったり、詳細な目的地を言う前に寝てしまったりすることがあります。
眠りそうな方については住所を確実に聞いておくようにしているのですが、一見普通にしていて「道は教える大丈夫」という方の場合、ドライバーが「ならいいか」と思ってその10分後にお客さまが深い眠りに落ちてしまうことがあります。こうなると大変です。大まかに聞いている目的地まで行って、お客さまを起こす必要があるのですが、泥酔して深い眠りに落ちた方はそう簡単には起きません。お客さま起きてくださいゲームのはじまりです。ルールは簡単で、直接身体に触れてはいけないということです。
というのも、女性の場合には、あとで大きな問題になってしまう可能性が高いですし、男性の場合でも、財布がなくなったなどと言われてしまうと大変です。従って触らずになんとかする必要があります。ここで出来ることは限られています。車内の温度を下げる、耳元で大きな声を出す、天井をバンバン叩くなどの刺激を加えます。自分のスマートフォンでアラームをかけて、大きな音にして耳元で鳴らすという手もあります。
ここまでして起きなかったらもうお手上げです。タクシードライバーとしてはどうすることもできないので、近所の交番まで行くなり、110番に電話するなりする必要があります。私の場合は、よほど遠くまでいかないと交番がない場所を除いては、タクシーで警察のまで行くようにしています。警察官は慣れたもので、眠り込んでいるお客さまの耳元で「今から触りますよーー!!」と言って、揺らしたり、はたいたり、つねったりして目覚めさせます。とりわけつねるのは強烈なようで、これで起きることが多い。
一度だけそれでも起きなかったことがあって、警察官二人がかりで外に出して、羽交い締めにしてゆすったらようやく起きたということがありました。そのあとは警察官相手に大立ち回りして大変でしたが……。
よくあるトラブルとして嘔吐されてしまうというものもあります。なので、タクシードライバーは袋を常備しています。運転が荒いドライバーは“爆弾”をくらいがちで、よく泣いています。営業所から遠い場合には、何とか自分で掃除するのですが、深夜にいったい何をやっているんだろうと思わせられるむなしい作業の一つです。もっとも私は、安全運転に気をつけているせいか、被弾したことはほとんどありません。
タクシードライバーにとって稼ぎ時である深夜の時間帯に、こういったトラブルで時間を取られると、収入減へと繋がるので非常に困ります。なので、お客さまが眠りそうな時は、うるさいくらい話しかけて何とかしのぐこともあります。本当はこういうトラブルで営業がとまっている時間はメーターを入れっぱなしにしておいてもいいのですが、あんまり長く入れていると料金が非常に高くなり、あとでクレームになってしまうとそれもまた大変なので、適度なところでメーターを切ります。
ただ、交番を探してうろうろするのは、お客さまが応答してくれないことによるものなので、本来メーターを入れても問題ないです。このあたりはドライバーの解釈によりますが、ドライバーが拘束されているのは事実なのでずっとメーターを入れ続けていても問題ないはずです。
酔ったお客さまとのお付き合いも仕事のうちではありますが、突然怒りだしてしまったり、椅子を蹴ったり、窓を叩いたり、走行中にドアをあけようとしたりと色々な困った行動をする方もいます。ロングのお客さまは基本的にはありがたいのですが、30分以上の時間のなか、ほとんどずっと政治的な主張されたり、どこかの宗教の集会に勧誘されたりというような持久戦も大変です。
こんなお客さまは要注意というこう書いていると大変なことばかりで、こういうときは防戦一方で何とかしのぐしかありません。しかし、お客さまと交流できること、お客さまのお役に立てることがやりがいの一つです。数ヶ月に何度かはこういうことは確かにあるのですが、ほとんどは楽しいことばかりです。もちろん、こちらが失礼な態度をとってしまったり、道を間違えてしまったりしたときはそうではないかもしれませんが、しっかり仕事をしていれば楽しい思い出が増えていく仕事です。