タクシードライバーをはじめてみようと思い立っても、特殊な業界のようだし敷居が高いと感じる方は多いでしょう。やってみるとそれほど難しい仕事ではないという印象でしたし、想像以上に収入が高いのでいい仕事だなとは思うのですが、タクシードライバーへの適正が低く苦労する人もいるのは事実です。一度始めると別の仕事を探すのも大変ですし、やはり始める前に向いているかどうかを確かめたいという方も多いと思います。
かなり特殊な仕事ですし、どういう営業スタイル、勤務方法をするかによっても話は変わってきます。ただ、どんなスタイルであったとしても、やる仕事は同じなので、適正について共通しているところはあります。これから書くことを呼んでいただくと、それはそうだろうと納得できることもあるし、意外に感じられることもあるのではないかと思います。
タクシードライバーの仕事はとてもハードです。どういう点でハードなのかというと肉体的な面です。というのも、勤務時間が長く、ミスをしてしまうと事故や違反などを起こしてしまい、免許証が停止されることによって仕事ができなくなってしまうからです。
どのくらいハードなのかというと、とにかく勤務時間、拘束時間が長く、月あたり270時間を超えることがあります。一般の職種の勤務時間であれば、月あたり160時間ほどなので、110時間も多いということになります。もっともこれは最長の場合なので、残業をせず、乗務回数もそこそこにすればそこまで長くはなりません。こちらは乗務時間前後の1時間と、乗務時間を20時間フルに使って、かつ、最大の13乗務をした場合の数字です。
そこそこに残業しつつ11乗務の場合には、200時間以内にまとめることもできます。時間だけみるととてもきつそうなのですが、タクシーの仕事は自分のタイミングで休憩を取れるのと、慣れてしまうと連続して営業していても体力的なきつさを感じなくなってくるので、数字ほどはきつくありません。ただ、次の乗務までに睡眠と休息をしっかりとって回復しておかないと、段々と消耗していきます。そのため、日々の自己管理をしっかりできるかどうかは非常に大切です。
コンディションが悪い状態で乗務すると、お客さまを危険にさらすことになってしまいます。そのため、万全の状態でなければ乗務ができません。そういう前提があるので、仕事に穴を空けて休むこと自体は容易にできます。しかしながら、歩合制の仕事なので、休むとその分給料が少なくなってしまいます。だから、休まずにしっかりと働かないと、稼げない仕事になってしまうということです。
このような背景からタクシードライバーに求められるのは自己管理能力といえます。自分の出番をしっかり確認し、明番、公休に無理なく楽しめるスケジュールをいれることが大切です。出番の前日に深酒してしまったり、夜更かしをしてしまったりすると、営業に影響しますし、中長期的にみると事故や違反のリスクが非常に高くなってしまうからです。タクシーに長時間乗っていると、無性に遊びたくなるものです。しかし、乗務明けに飲み過ぎたり、遊びに行ってしまったりすると、あとで辛くなることが多い。もちろん、若い人は多少の無理はできるかもしれませんが、タクシードライバーの平均年齢は60歳前後であることを考えると、しっかり休んで次の備えるようにするのが無難です。
有休が取りやすい業界なので、スケジュールと体調をしっかり管理していれば、4出番分の有休をまとめて取れば、11連休にすることも可能です。有休の数は勤続年数にもよりますがこのような長期休暇を年に複数取れるので、しっかりと管理ができる人にとっては良い仕事といえます。
タクシードライバーの仕事は、お客さまを目的地まで、安全かつ迅速にお連れすることです。そのため、目的地がどこなのかは知らなければいけません。浅草と言われたときに、浅草がどこだかわからないと言っていては営業にならないわけです。実際には浅草と言われても浅草駅まで行けばいいということではなく「馬道通りを使って浅草寺の裏手のほうまでいってください」という風に言われます。馬道通りがピンとこないということがあるかもしれませんが、浅草寺もわからなかったらどうにもなりません。
目的地がどのあたりか大まかにわかったらルートを設定するわけですが、このルート設定にもセンスがいります。慣れてくると、頭の中にルートが見えてくるので、簡単に行けるのですが、もちろん最初は見えません。なので、ナビに頼るか、お客さまに聞きながら向かうことになります。最近のナビは優秀なので、正確に目的地を入れれば、まず問題なく目的地に行けます。ただ、落とし穴はあって、お客さまが通りたいルートと異なる場合があります。そうするとクレームになってしまうことがあるので、お客さまにルートを確認しておく必要があります。
お客さまの中でルートは1つで、それが当たり前すぎてドライバーに確認しなかった、お客さまは当然そのルートを行くと思っていた。そういった場合でもナビで調べるとルートは複数出てきます。自分なりに一番安くなるようにルートを選んだつもりでも、お客さまからしたら想定外ということがあります。
例えばこういうことがあります。お客さまは、昔勤めていた職場の前を通りたかったので、中央通りを使ってほしかった。しかし、ナビをみたら中央通りは混雑していたので迂回して裏道を使った。でも、もしかしたらお客さまは多少混んでいたとしても、中央通りを通って欲しいと言うかもしれません。お客さまにしっかりとルートを確認することはとても大切です。
今はナビがあるので誰でも営業できるように思えますが、やはりタクシードライバーは地理が詳しいのに越したことはありません。お客さまを乗せて実車になってからももちろんですが、流し営業しているときにも地理の知識は重要です。
最初から地理に詳しい人はいません。特にタクシードライバーを始めたばかりのときはみんな地理に不安を抱いています。大切なのは地理に興味を持つことだと思います。地理に興味があれば、自分が走った道や行ったことがある場所をひとつひとつ記憶していけます。帰宅したあとに地図を開いて地理を確認する機会も増えることでしょう。
そうしたひとつひとつの積み重ねが、熟練したドライバーを作って行きます。どうしても地理に興味が持てないという方は、乗務の度に不安を覚えることが増えていきますのでタクシードライバーをお勧めできません。もっとも、やってみたら段々と楽しくなるということはあると思います。私の場合ですが、道を覚えていき、街に詳しくなっていくのは快感でした。
タクシーは接客業です。お客さまとコミュニケーションを取らなくてはいけません。会話しないことには目的地がわからないからです。最近はアプリによって道筋を指定する方法もありますが、それにしても「アプリで頂いているルート通りでよろしいですか」と確認する必要があります。場合によっては、非常に複雑なルートを指定されることもあります。冗談のようですが、本当に以下のようなことがありました。
「まず、そこをまっすぐいって、2つめの角を右にまがって、看板が見えてくるので、そこを通り過ぎたあと左に曲がって3つめの信号のところを右に入って、三叉路の真ん中に入っていって、2つめの信号を左にお願いします」このように道筋を一度におっしゃるお客さまはいますが、一度に覚えるのは不可能に等しいです。ここで必要になるのがコミュニケーション能力です。筆者の場合には、このように言います。
「すみません、間違えちゃうといけないので、途中でまた確認いたしますね。えっと、まず、まっすぐで2つめの角を右、看板を通りすぎたあと左に曲がって3つめの信号を右ですね。すみません、そのあたりでまたお声がけいたします。」
1回で覚えろと怒られる可能性もありますが、無理なものは無理です。なので、なるだけお客さまを怒らせないように丁重にお伝えする必要があります。では逆にどういう言い方だと駄目なのか。
「いやいや、そんなに1回で言われてもわからないんで、分けていってもらえますか」
こういった言い方は、物事の責任をお客さま側に押しつけた形になります。確かに、そんなに言われてもわからないわけですし、万一間違えると怒られてしまうのでこう言いたくなる気持ちはわかります。しかし、責任は覚えられない自分にあるとした上で、確認すれば角は立ちません。こういった局面は、お客さまと話しているときに色々な形で訪れます。政治や宗教の話などは言葉を濁しやすいのでまだ簡単なほうです。
会社や恋愛などの人間関係の愚痴などもただ聞いていればいいので問題はありません。一番厄介なのが、お客さまが乗った瞬間にすでに怒っているケースです。直前に行った飲食店について怒っていたり、場合によっては直前にタクシーに乗車拒否されたといって怒っていたりすることもあります。
こういう場合にはもう耐えてしのぐしかありません。お客さまも八つ当たりをしたくなることもあるでしょう。仏の心で話をうまくいなしつつ、迅速に目的地にお連れします。目的地に着けば、お客さまは降車していきます。
タクシードライバーは車を運転する仕事なので、運転技術が必要です。資格としても二種免許の取得が必要です。ただ、二種免許については、普通免許よりも若干厳しい程度でそれほど難しくはありません。学科試験が少し難しいので何度か落ちる人も多いのですが、逆に言うと何度か受ければちゃんと合格します。
言うまでもないですが、タクシードライバーにはプロレーサーのようなスキルは必要がありません。200km/hを超えるスピードで車をコントロールする技術はもちろん不要ですし、慣性ドリフトする必要もありません。ではどういう技術が必要なのかというと、お客さまが快適で、安全だと感じて頂けるように、急ハンドル、急加速、急ブレーキを一切なくすことです。もちろん、極端なことは誰もしないと思いますが、運転というのは自然と少しずつ雑になっていくものです。
スムーズに停車し、スムーズに発車できるようにうまく車体をコントロールするにはある程度の技術が必要です。1トンを超える鉄の塊をコントロールしていることを自覚し、どのタイヤに重さがかかっているかを理解できるようになると運転がスムーズになっていきます。ブレーキを踏むと前のタイヤに重さがかかります。となるとお客さまは前のめりになってしまいます。そのあとすぐにブレーキを外すと今度は前のめりになった身体が背もたれに押しつけられます。これではジェットコースターです。
ブレーキは40km/hを一気に0にするのではなく、30、25、20,15、10、8、6、4、3、2、1、0と徐々にスピードを落としていきます。このブレーキングを丁寧にするだけで快適度は随分と変わってきます。ハンドルも同様で、まずは横Gが発生しないようにしっかりスピードを落として、車体が十分に曲がってから少しずつ加速します。もちろん、トロトロと走っているのもお客さまにとってはストレスになりますから、通常の速度を維持したまま、Gを発生させないように運転していくことが大切です。
このようにタクシードライバーの適性をみてきました。最初からすべて兼ね備えている必要はありませんが、少しずつ身につけていく必要があります。特に重要なのは自己管理能力です。人生においてタクシーの仕事をどう位置づけて、楽しみながらやっていけるかを考えることはとても大事です。
タクシーはある意味では孤独な仕事です。同僚と一緒に何かを成し遂げたり、部下を育成したり、上司とぶつかったりということがほとんどありません。基本的には一人でやっていきます。この点は、タクシーの仕事の良いところだと考えるドライバーが多いように思いますが、孤独でやっていられないという人もいるかもしれません。自分一人でどうやって仕事をして、生きていくかを管理できることがとても大切です。
もっとも、毎回顔を合わせる同僚はいるもので、仲良くなっていつも飲みに行く間柄になるというのもよくある話です。仕事上での対立はほぼ起きない職場なので、みんな仲良しです。これもタクシードライバー職の魅力的なところだといえます。