2021年、新型コロナウイルスのパンデミックは、全世界的に様々な産業に深刻な影響を及ぼしました。その中でも飲食店とタクシーは、その影響を大きく受けたころからマスコミにとりあげられることも多かったようです。これは世界中のトレンドですが、日本のタクシー業界も例外ではありません。人々の外出自粛や、国内外からの旅行者数の減少により、タクシーの需要は大きく減少しました。コロナ禍で緊急事態宣言がでたあとは、東京の中心部もゴーストタウンのようになり、何時間走っても1人もお客さまがいないという状況が続きました。
タクシードライバーは、売上に基づいて収入が決まります。東京の場合では、売上の50〜60%が収入になります。大雑把な計算をすると月の売上が50万円のドライバーならば、月収は25〜30万円となります。月の売上が100万円であれば50〜60万円となります。そのため、極論をいうとお客さまが1人も見つけられず売上が0であれば、給料も0円ということになります。もっとも、実際にそうなったことはないのでわからないのですが、さすがに最低時給分は保障されるかもしれません。
売上の減少はタクシードライバーの収入源という問題以上に、タクシー業界へのダメージとなります。もちろん、売上が減ることでタクシー会社の売上が減るという問題があります。その点については厳しいことは間違いないのですが、タクシーの台数を減らす際の休業補償など、コロナ禍への対策支援金があったため、何とかやりくりできていたようです。ただ、タクシー業界の大きな問題として、タクシードライバーの転職や退職がありました。稼げない仕事になってしまった以上、転職者が出るのは当然です。
そのような中にはUberEatsといった副業でアルバイトしてしのいでいるドライバーもいましたが、スパッとやめてしまった人もいます。定年後に嘱託として働いていたドライバーは、コロナに感染した際のリスクは高齢者のほうが高いという情報もあったため、そのまま退職するケースもよく見ました。ドライバーが少ないとタクシーが余ってしまいます。余ったタクシーにも、維持費がかかるため、会社としては非常に困った問題となります。
一方で、コロナ禍は業界に変化を迫り、新たな取り組みやビジネスモデルの発展を促したという側面もあります。例えば、タクシー会社は車内の清掃や消毒を徹底し、乗客の感染予防と快適性の確保に努めました。また、配車アプリを活用したデリバリーサービスや、ドライバーレスタクシーなど、新たなビジネスモデルも試行されました。自動運転については、日本では実施されていませんが、北京やアメリカの一部の地域では、既にレベル4の無人タクシーが走っています。レベル4というのは、万一事故が起こったとしても、システム側の責任になるということです。これらの取り組みは、タクシー業界が困難な状況を乗り越え、新たな可能性を追求するきっかけとなりました。しかしながら、これらの変化が全体の収入にどの程度寄与しているか、また、パンデミック後の"新常態"でタクシー業界がどのように展開するのかについては、今後の経済状況と共に詳しく観察していく必要があります。また、ドライバーの減少という問題をどのように解決していくのかについて、業界全体で考えて、改善策を実施していく必要があります。
私が営業範囲としている東京の街について少し振り返ってみたいと思います。令和2年(2020年)に客船のダイヤモンド・プリンセス号の中で感染者が出ていることが話題になりました。この時に、新しい流行病が出てきているということで、感染症対策が広まっていきました。具体的にはマスクの着用やこまめな消毒の実施です。そして、少しすると3密という概念が誕生しました。3密がどういう意味であったのか忘れかけていたので調べ直すと、密閉、密集、密接の3つの状況を指していました。当時はこの状況にあると感染症によって死に至る可能性があると考えられていました。悲観的なムードが日本中、あるいは世界中を包み、マスクをしない者は強く非難され、ありとあらゆるお店の前に消毒液が置かれることになりました。
コロナ禍の原因や対策などがまだ確立していない中、実は、タクシー業界は批判にさらされることになります。まだ感染者が多くない段階でしたが、個人タクシーのドライバーが一斉に感染したというニュースが流れたのです。これによって「もしかしたら密室に籠もることになるタクシーは危険なのではないか」という印象が広まってしまいました。あとあと判明したのは、感染した個人タクシーのドライバーはみんなで屋形船に乗っていて、宴会していたのだそうです。その時に飛沫によって感染してしまった可能性が高いとのことです。初期の感染で、しかも、クラスターになってしまったことから、この事例の調査からコロナ対策がはじまっていったようなところがあります。
さておき、タクシー業界では信頼を回復するために、換気と消毒の徹底をはじめました。お客さまが降りるたびに、窓をあけてしばらく換気をし、後部座席のお客さまが触る可能性があるところを消毒していきます。面倒な作業ではありますが、お客さまの数が多くない時期に突入していましたし、運転手自身の感染対策にもなるのでみんな進んでやっていました。そうやってコロナ禍が過ぎさるのを待っていたのですが、街の状況はなかなかよくなりませんでした。
一番痛かったのが飲食店の20時閉店です。20時になるとお店が閉まってしまうため、街にいてもやることがありません。従って、さっさと電車に乗って帰ることになり、タクシーの需要が発生しません。もちろん、密になる状況を避けるため、タクシーを使うという需要は新たにできました。タクシーは最初こそ密だと考えられていたのですが、後ほどスーパーコンピューターによる計算によって、タクシー内の空気はすぐに入れ替わることがわかりました。つまり換気が十分にされているため密室ではないということです。というわけで、一定の距離をタクシーで移動するお客さまはいました。
しかし、それは通勤、退勤の時間に少しあるくらいで、大局としてはやはり需要が大幅に減少した状態でした。少し個人的な話をすると、この期間はUberEatsをはじめとした食品配送業者が非常に増えていて、しかも、急いで細い路地を走り飛び出して来ることから、何度も衝突しそうになった時期、という印象が強く残っています。それまでの稼ぎ方がまったく通用しなくなり、お客さまはまったくおらず、ようやく見つけても短距離で、泣きながら営業所に帰るということも多かった。タクシーの需要状況、つまり、お客さまがどのくらいいたのかについては、コロナの感染者数の推移と見事に反比例していました。感染者が増えればお客さまは減ります。感染者が減ってくると少し増えます。その繰り返しでした。タクシードライバーとしては精神的に非常に厳しい時代でした。
筆者の場合は、昼間は普通に営業し、夜間は闇営業をしている店舗や、政府の指示を守っている人が少ない新宿歌舞伎町などを攻めていました。それで何とか確保した売上が4万円程度。日給1万円くらいの仕事にはなるので、他の仕事よりはマシかなという程度ですが、何とか仕事にはなっていました。ただ、1時間お客さまを見つけられないということがざらにあったため、決して楽ではありませんでしたし、あの状況がまた訪れるということがもしわかったら、今度はすぐにタクシードライバーをやめると思います。
タクシードライバーの数は、東京23区と武蔵野市、三鷹市を営業範囲とするドライバーについては、2021年度においては4万9930人となっています。これは、統計を取り始めた1970年以降でもっとも少ない水準となっているそうです。これはタクシードライバーの数というよりも、運転車証の交付数なので実際には、いくらか少ないことが想定されます。あるデータだと10%は、運転車証を保持したまま休業しているそうです。この50年間、ピーク時は7万人を超えていて、おおむね6万人前後で推移してきたことを考えると、5万人を切ったのは非常に少ない水準だと言えます。どうして退職者が増えたのかについては、コロナ禍の感染リスク、需要減による所得の減少がもっとも大きいと思います。
もう一つ、現場にいた人間として感じるのは、コロナ禍におけるお客さまの変化です。お客さまのことを悪く言ってはいけませんが、正直言ってやりやすいお客さまとやりづらいお客さまはいます。やりやすいのは、普通の社会人で、特にクレームをいれることなどなく、目的地まで乗って行かれる方です。もちろん、道を間違えてしまったり、失礼なことを言ってしまったりするとクレームになる可能性もありますが、普通に接客している分にはまったく問題がありません。これが普通のお客さまです。ただ、コロナ禍では普通のお客さまの比率が極端に下がっていました。外出を自粛するように政府や自治体から言われているわけですから無理もありません。そんなときに夜遅くまで飲み歩いている人は、ルールは守らなくていいという自己判断している方です。
その是非はともかく、そういった方が泥酔してタクシーに乗った場合には接客に非常に苦労することがあります。椅子を蹴飛ばされることもありましたし、怒鳴られることもありました。延々とお説教されることもありました。なかなか大変でしたし、売上があがらない中、そんな目に遭う頻度が増えてしまうとタクシーの仕事はやっていられないと思う方がいてもおかしくありません。
タクシー業界は、お客さまへのサービスを良くしていき、需要を増やしていく試みと同時に、タクシードライバーが安心安全に働ける環境を作り、ドライバー数を増やすことを目指した努力を続けています。筆者としては、時間の自由はききますし、人に怒られることが極端に少ない業界なので、非常にノビノビと働けるのでお勧めなのですが、そういったメリットが、なかなか世の中に伝わっていかないというのが問題になっているようです。
令和2年にはじまったコロナ禍は、令和5年の現在はどうなったでしょうか。正直言って需要が完全に戻ったという状況ではありません。外で飲み会をするという習慣が明らかに減少しています。夜の街に繰り出すことも同様です。少しずつは戻っていますが、例えば会社の同僚を誘ったり、会社の飲み会を開催して2次会、3次会と続けたりすることは、あまりなくなったように思います。もちろん、たまにはあることでしょうが、明らかに頻度が減っているようにみえます。それでも月末の金曜日、いわゆる花金と言われるような日は、終電後にお客さまが溢れてくる、業界用語でいうゾンビの日になることもあります。コロナ禍の間は3年で数回しかなかったように思いますが、これぞ金曜日、一番の稼ぎどきと思えるような日が定期的にでるようになりました。
需要は明らかに減っていると感じていますが、タクシーの数が減っているため、ピーク時は営業しやすくなってもいます。少なくともコロナ禍とは大きな違いがあります。やれども、やれども稼げない地獄のような状況ではなくなって、しっかりとお客さまをみつけて営業できるという状況になりました。なので、今東京でタクシードライバーを始めたら、初心者でも月収30万円以上、しっかりと体力がある人であれば月収45万円以上を狙える水準には戻っていると思います。実際に平均収入も戻ってきました。
こういう状態になったことで一番嬉しいのが、しっかりと稼げること以上に、乗務中に退屈しないことです。駅のタクシー乗り場で1時間待ちぼうけになったり、夜中の繁華街で延々と流したりするのは、本当に退屈ですし、二度とやりたくありません。少なくとも東京では退屈な仕事ではなく、楽しい仕事としてのタクシーが帰ってきたように思います。
コロナ禍が終わりつつある現在でも、タクシー業界には多くの課題が残っています。業界の中の人間としては、タクシードライバーの人員不足が一番よく聞くシビアな問題です。こういった状況を変えていくためにもタクシー業界の内情と、意義のある仕事としてのタクシーの魅力を、もっと伝えていきたいと思います。