
タクシードライバーをしていると時折遭遇するのが乗り逃げです。乗り逃げの被害に遭うということです。最近はアプリによる事前決済も一般的になっていますが、大抵の場合にはお客さまが降りる際に会計となります。この時に会計をしないで逃げていく行為を乗り逃げといいます。食い逃げと似た行為だと考えるとわかりやすいと思います。
乗り逃げは、シチュエーションにもよると思いますが、詐欺罪を問われることがあるそうです。詐欺罪は10年以下の懲役なので非常に重い罰則がある罪です。罰金刑がないので懲役になります。
実際にどの程度の量刑がつくかわかりませんし、示談になることが多いような気はしますが、もしも詐欺罪で起訴されたら大変なことになります。しかし、これだけリスクがあるにもかかわらず乗り逃げをする人は時折います。
一つには罪の重さがわかっていないからかもしれませんし、もう一つには逃げ得になってしまうことが多いからだと思います。
タクシードライバーの目線になって考えるとわかりやすいと思います。タクシードライバーは一定の勤務時間の中で歩合制の仕事をしているので売上を自分で作らないと収入がさがってしまいます。隔日勤務の場合、時間帯によって稼ぎやすかったり、稼げなかったりするのですが、深夜の忙しい時間帯においては時給換算で5000円を超えることもあります。つまり3時間働けば1万5000円を稼げるわけです。これが前提です。そんな中乗り逃げの被害にあってしまうと会計は2000円になります。
税金を無視して計算すると、2000円の会計ということは、タクシードライバーに入る収入は歩率6割の場合には1200円です。なので2000円の乗り逃げをされた場合には、1200円を逃すということになります。
ただ、ここでややこしいのが乗り逃げに対する保証が用意されているタクシー会社はないということです。知る限りではありますが、まずないと思います。どうしてかというと、乗り逃げに対する保証を用意してしまうと、タクシードライバーの警戒心が薄れてしまうことから、乗り逃げを増やす方向に作用してしまうからです。タクシードライバーが警戒する以上の対策がないため、タクシードライバーがリスクをもった状態になってしまいます。
さて、実際に2000円の乗り逃げされた場合はどうなるのでしょうか。基本的には自腹でその2000円を充当する必要があります。厳密に言うと、被害届を出して、加害者からお金を回収して充当するべきなのですが、それには時間がかかりますし、犯人が捕まらなかった場合には回収すらできません。著者個人の考えとしては会社に充当してほしいと思うのですが、現状はそうはなっていません。もしかしたら、会社が充当するシステムになっていた場合には、友達を無料で乗せたり、闇営業をしたりする悪いドライバー出てしまうのかもしれません。今の時代はそういうドライバーはほとんどいないと思いますが、昔は多かったと聞きます。このような事情もあってか会社からお金は出ません。そのためタクシードライバーが個人で充当する必要があります。
実際にどの程度の出費になるかというと、2000円を充当すると1200円は給料として戻ってくる計算になります。厳密に言うと、所得税などが引かれるためいくらに換算するのが適当なのかは、その人の年収次第なのですが、おおむね半額くらいと考えるとわかりやすいと思います。つまり、2000円の乗り逃げの被害額は1000円です。5000円の乗り逃げであれば2500円です。1万円の被害の場合には5000円です。
大抵こういう被害は忙しい時間帯、つまり、稼げる時間帯に起こります。そういった時間帯においては、運転手は時給5000円近く稼げることもあります。被害届を提出する場合には、警察署や交番まで移動して、調書を作ってもらう必要があります。このためにかかる時間は1時間から2時間です。何度か経験しましたが、この時間は非常に疲れます。こんなことをしているくらいなら、さっさと営業をはじめるほうが一日の稼ぎが大きくなります。従って、乗り逃げ犯は罰を受けることがないわけです。
また問題点として、犯人は逃げてしまっているので特定が難しいというということもあります。ただし、明らかに捕まえられそうな条件がある場合で、かつ、タクシードライバーが売上よりも犯人を捕まえることを選んだ場合には、犯人は逮捕され、重い罪を背負うことになります。たかだか数千円をケチって前科がついてしまうのは明らかにリスクとリターンが割に合っていません。ハイリスク、ローリターンです。それでもやる人がいるのが乗り逃げです。

かなり気をつけているので被害に遭ったことは2回しかありません。2回が多いのか少ないのかはわかりませんが、犯罪の被害者になることがこれだけあるのはタクシードライバーという仕事の厳しさの部分ではないかと思います。
実際に私が体験したケースを紹介しましょう。
まず1つめは、新宿の昼間でも空いている飲み屋街で乗せた外国人の方でした。昼の2時頃であったと思います。うまく会話ができない状態で少し怪しく思ったのですが乗車拒否はできません。日本語はできるのですが、呂律がまわっておらず、目もキョロキョロしていました。「とりあえずまっすぐ行って」と言われましたが、この時点で黄色信号です。怪しいです。結局少し回り道をしていると目的地を言われました。こういったお客さまの場合、泥酔しているというよりも、お薬関係を疑う必要があります。
目的地の近くにある交番をターゲットにして、交番の前で車を止めます。警官を手招きして呼んで、調べてもらいました。そして、よく調べてみるとそのお客さまはお金をもっていませんでした。最初から乗り逃げ目的で乗車したようです。恐らく自宅の前まで行っていったら、お金を取ってくるから待ってと言われて、待っている間に逃げるパターンを狙っていたのでしょう。
結局、回収を諦めてそのまま交番から立ち去りました。運賃は1200円くらいだったと記憶しています。もちろん、1200円とはいえ被害は出ていますから、被害届を出すことはできます。犯人も目の前にいるので逮捕は簡単でしょう。もっとも、払わずに逃げたわけではないので、まだ未遂の状態かもしれず、少しややこしいことになるかもしれませんが。
もう1件は、いわゆるお化けでした。お化けというのは、お客さまが多くない場所に突然ロングの距離を移動する方が現れる現象です。大久保通りを進んでいて、ひとけのないところから突然手があがりました。何事かと思ったら、泥酔したお客さまでした。目的地を聞くと江戸川区の外れのほうであったため1万円はいくかなという計算がたちました。一般道をペタペタとのんびり進むことにはなりますが、嬉しいお客さまです。
特に不審な様子はなく、ルートを確認して進行していたのですが、飯田橋の交差点で右車線に入ったときに事件は起きました。その乗客は突然ドアを開けて出て行ってしまいました。突然のことで驚いていてすぐに動けなかったのですが、その間にどこかに消えてしまいました。道のど真ん中なので危ないのですが、それも計算のうちだったのでしょう。恐らくですが、その方は短距離の乗り逃げを組み合わせて自宅まで帰るという作戦を決行していたのではないかと思われます。
全員が被害届を出せば捕まる可能性は高いですが、1件あたりの被害額が小さいため、面倒なのでそのまま泣き寝入りをするとみての犯行ではないかと思います。これはなかなかよく考えられた詐欺ではありますが、道路の真ん中から通りに飛び出さないといけないですし、犯行数が多いため捕まったときは余罪も含めて大きな罪になる可能性があります。面倒だから被害届は出さないだろうと思いきや、仕事をさぼって警察署で休みたいというドライバーもいますので、絶対に真似をしないようにしましょう。

聞いたことがあるのが「ちょっとコンビニでお金を下ろしてくる」といってそのままいなくなるケースです。コンビニの出入り口を見張っていれば大丈夫そうに思えますが、裏口があるようなコンビニが使われます。荷物が置いてあれば安全かと思いきや、わざわざ置いていくようの荷物を用意する強者もいます。つまり、「財布置いていきますね」とか「スマートフォン置いていくので安心してください」などと言いつつ、それは、置いていくためのダミーということです。財布は中身がほとんど入っていない安いもので、スマートフォンの場合には一見スマートフォンにみえるけど、よくみると違うものを置いていくことがあるようです。
こういったケースは悪質ですし、再犯の可能性も高いので、タクシー業界のためにも、タクシードライバーの仲間が被害に遭わないためにも、時間がかかってもしっかり通報して記録を残すと言っていました。確かにその通りです。被害届を出すこと自体は、ドライブレコーダーの記録を会社でとってもらって、それを持って警察署にいけば出すことができます。それによって犯人が特定され逮捕とはいかないかもしれませんが、積み重ねが大切です。そういった犯罪者は、他のトラブルを抱えることもあるので、別件で捕まることもあるかもしれません。淡々と被害届を出すことが大切です。
恐らく乗り逃げくらいでは、気合いを入れて捜査をしてくれることはないと思うのですが、強盗などの被害がタクシーであった場合には、しっかりと捜査してくれるようです。東京では、逮捕率はたしか100%です。ドライブレコーダーに顔と声が残っているのと、乗った場所や降りた場所のデータもあるので特定しやすいのかもしれません。

これはテレビで見た話ですが、東京から青森までタクシーで行ってそのまま逃げられたという話を聞きました。これも犯人を捕まえないことにはどうにもなりませんが、こういった被害を避けるためにできることはあるのでしょうか。
まずは絶対にやるべきことがあります。それは、タクシーから出さないことです。もしも強引に出て行ったら、その時点で通報しましょう。お金がないと言われた場合には、財布をみせてもらって、クレジットカードやスマートフォンなどで決済できないか一緒に考えましょう。ここの対応に手間をかけることが大事で、面倒な運転手だと思った場合には、さっさとお金を払ってくれることも多いです。
一度六本木から埼玉県某所まで1万円程度で移動したときに、お金がないと言われたことがあって、酔っ払って怪しかったので財布を出してもらって決済できるクレジットカードがないか一緒に探しました。もちろん、運転手が触れることはありません。その対応に腹が立ったのか、しばらく怒っていて、あとで警察に通報するなどと言われて動画をとられましたが、気にしてはいけません。
どうしても銀行でお金をおろさないと支払いができないという場合には、ついて行くしかありません。駐車違反を取られないように注意しつつ、ATMまで一緒にいって確認しましょう。嫌がられるかもしれませんが「会社から指導されていて申し訳ない」などと言いながらついて行きましょう。逃げる気がない人なら嫌がらないはずです。逆にどうしても嫌がる場合には、疑ったほうがいいでしょう。逃げ出した場合には私人逮捕すればいいと思いますが、逃げるコースにしっかり立っていることが大切です。お茶を買うなど、目を離す瞬間があると逃げられるかもしれません。
一度某所でそういったお客さまがいて、コンビニまでついていきましたし、通りがかった警察官を呼び止めて、見てもらいました。案の定、ATMにもお金が入っておらず、結局全額は回収できませんでしたが大損もしませんでした。
タクシードライバーが時折遭遇する乗り逃げについて書いてきました。タクシーの仕事はどういうわけか犯罪に巻き込まれやすいのは事実です。もちろん強盗などは滅多にありませんが、バスや電車のような乗り物と違って、ドライバーとお客さまの1対1の関係なので犯罪者のほうもハードルが低く感じるのかもしれません。
私としてはこれも仕事の面白さの一つなのですが、被害届などを出すのは面倒なので、なるだけ水際で止められるようにするべきです。怪しいなと思ったときは、交番の位置を確認しながら運転するようにしています。